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道の川集落跡(熊野古道中辺路・田辺市本宮町)の発掘・展示整備が完成

 令和元年秋より、熊野古道沿い(三越峠付近)の発掘調査を行った結果、住居を建てるために土地を造成した痕跡が確認されたほか、江戸時代後期(1750頃~1867)の瀬戸焼や肥前系陶磁器が採集されました。 発掘調査とともに案内板の設置を行い、集落で暮らしていた人々の様子をうかがえる熊野古道の新たな見どころとして整備を行いました。

案内板

道の川集落跡

 道の川集落は、本宮町(現田辺市本宮町)三越に所在した集落であったが、昭和45年(1970)4月24日に公布された「過疎地域対策緊急措置法」を契機に、昭和48年(1973)に集団移転し廃村となった。この集落は、南向きの斜面地に位置しており、南に音無川、東西両側に沢が流れ、集落内を熊野古道が通る。集落について書かれた最も古い史料は、天保11年(1840)に書かれた長澤伴雄の『湯峯温泉の日記』であり、集落内で江戸時代後期(1750頃~1867)の瀬戸焼や肥前系陶磁器が採集されたことから、この時期には人々が既に生活していたと考えられる。

 和歌山県が令和元年(2019)に実施した発掘調査では、住居を建てるために土地を造成した痕跡が確認された。集落内の各所で斜面の山側を削り、その土砂を谷側に盛り、土留めの石垣を作ることで広い平坦面を作り出している。平坦面は住居や水田として、斜面は畑として利用されている。

 この集落の人々は、多くが林業に従事していたことから、移転時に田畑や住居跡に杉や檜を植林している。また、平成23年(2011)の台風12号により、集落内で大規模な土砂崩れが発生したため、当時の集落の面影は見られないが、南に開けた日当たりの良い集落であったと考えられる。


道の川集落跡 3Dモデル(PDF)

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発掘場所

発掘場所マップ

道の川集落跡付近については、和歌山県観光連盟の街道マップ「継桜王子(中辺路町)~熊野本宮大社(本宮町)」のページをご覧ください。

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