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紀伊山地の霊場と参詣道の変遷年表

年代 時代 備考 熊野三山 高野 吉野 参詣道
AD 弥生

古墳
  有史
以前
ゴトビキ岩、那智大滝等に対する自然崇拝に基づく信仰の発生 有史
以前
高野地域の地主神・丹生都比売神社の祭祀起こる 有史
以前
古代の神話に吉野が登場する 有史
以前
古代の神話に、 吉野、熊野、花の窟 が登場する
古代の神話に熊野が登場する 吉野水分神社、 金峯神社の祭祀起こる 吉野水分神社、金峯神社、玉置神社、熊野速玉神社、熊野那智大社、熊野本宮大社、丹生都比売神社の祭祀起こる
500     538 仏教伝来
600 飛鳥           689 持統天皇(称制)吉野行幸    
        698 吉野水分神社に降雨祈願    
700 奈良

平安
710
平城京
遷都
794
平安京
遷都
        7~8
世紀初
修験道の開祖・役行者小角 吉野・大峰を開くという    
766 熊野夫須美神と熊野速玉神に封戸が与えられる            
年代 時代 備考 熊野三山 高野 吉野 参詣道
800     9世紀始め、密教(天台宗・真言宗)伝来
    806 僧空海、唐から帰国、真言密教をもたらす        
    816 空海、金剛峰寺創建     816 空海、高野山町石道を開く
    819 空海、高野山の地主神を勧請し、山王院を創建すると伝えられる        
    826 高野山下の政所に慈尊院と丹生官省符神社を創建すると伝えられる        
    835 空海没、奥院に葬る        
            895 真言宗醍醐寺の僧、修験道を再興し大峰奥駈道を整備
900             900 宇多法皇、吉野御幸    
907 宇多法皇熊野御幸            
10世紀
後半
熊野三神が合祀され「熊野三山」となる            
年代 時代 備考 熊野三山 高野 吉野 参詣道
1000     11世紀 「熊野三所権現」と諸神を加えた「熊野十二所権現」は日本第一の霊場として信仰を集める            
        1007 藤原道長が、吉野に初めて参詣・埋経。流行の端緒となる    
    1023 藤原道長が高野山を参詣する        
    1026 遺髪遺骨を納める風習広まる        
1052 末法初年とされ、造寺・造仏・霊場・参詣・埋経が盛んになる        
    1088 白河上皇、高野山へ参詣        
1090 白河上皇、熊野に参詣、熊野御幸が盛んとなる         1090 白河上皇、熊野に参詣「熊野御幸」盛んとなり、熊野参詣道が整備される
1100 鎌倉 1192
鎌倉幕府
成立
12C 熊野三山に経塚が数多く造営される            
1161 西国観音霊場三十三所巡礼が始められ、青岸渡寺が札所となる 1113 このころから奥院に経塚が造営される        
年代 時代 備考 熊野三山 高野 吉野 参詣道
1200         1208 丹生都比売神社祭神に二神を合祀、四所明神となる     1265 高野山の僧覚斅、町石道建立を発願
            1265
~1285
木製の卒塔婆を石像に再興
1300 室町

安土・
桃山
          1336 吉野山に朝廷(南朝)が置かれる    
1400 15~16世紀 庶民の霊場信仰が盛んになる
1500                
1800 江戸

明治
1603
江戸幕府成立

1868
明治維新
1868 神仏分離令
1872 修験道廃止令
1889 熊野川の洪水のため熊野本宮大社が大破            
1891 熊野本宮大社社殿三棟を現在地に移築            
1897 古社寺保存法制定
1900 大正

昭和
  1919 史跡名勝天然記念物保存法制定
1929 国宝保存法制定
1931 国立公園法制定
1945 第二次世界大戦終わる
1950 文化財保護法制定
1957 自然公園法制定
2000 平成   2004 「紀伊山地の霊場と参詣道」世界遺産登録
2016 「紀伊山地の霊場と参詣道」の追加登録

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